IE9ピン留め
2009年 06月 19日
小倉擬百人一首「伊勢」広重と豊国、国芳の浮世絵
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歌川(安藤)広重と三代豊国、国芳(歌川派三大絵師)の合作による小倉擬百人一首(おぐらなぞらえひゃくにんいっしゅ)は、百人一首の和歌と共に歌意に見立てた画を描いたものです。 (作者別図録)

百人一首は、日本の代表的な古典文学の一つで、小倉百人一首は藤原定家(1162~1241)が小倉山荘で和歌百首を歌選したことにちなんだ名称といわれています。この和歌集が庶民に親しまれるようになったのは、和歌の手本として注釈書、絵入り版本などが出版されたり、歌カルタ、錦絵などの遊戯の題材として用いられたからです。(浮世絵の投稿も、この100枚で終りです)。

19:伊勢
(政右エ門妻お谷)
「難波がた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや」
絵師:歌川国芳

注1:歌川派三大絵師
幕末において歌川派の黄金時代を築いた三代豊国(国貞)、国芳、広重。3人はほぼ同じ時代を生き、同じ流派の中で互いに競いあって、一流の絵師へと上り詰めました。
この三者の活躍ぶりは、嘉永6年(1853)刊の『当代全盛高名付』の浮世絵の箇所に「豊国にかほ、国芳むしや、広重めいしよ」と紹介されていることからも窺うことができる。これはそのまま、三代豊国(国貞がのちに襲名)は役者似顔絵、国芳は武者絵、広重は名所絵でそれぞれ人気があり、そのジャンルでは第一人者である、ということを表している。
三代豊国は国貞時代の作品も含め、師である初代豊国の流れを継いで清新な役者絵や、粋な美人たちの生活美を猪の首で猫背といった歌川派独特の美人画様式で多数描いた。この時代の大御所的存在であり、全浮世絵師の中で最も多くの量の作品を発表している。国芳は、迫力のある豪傑たちの姿をよく描いた。広重は、「東海道五拾三次」で一躍有名となり、以後、名所絵師として多数の街道絵、名所絵を手がけた。
注2:「浮世絵」は、江戸時代に描かれた風俗画全般を指します。その中で多色摺り版画の浮世絵のことを「錦絵」と呼びます。

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by ushigomehitorishi | 2009-06-19 00:15 | 広重と豊国、国芳の百人一首


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